【ブラジルの博物館での火災】 世界中の博物館やコンサートホールが見直さなくてはならないこと
先週から秋の授業が始まりました。
本題には関係ないけど、家族が大阪と京都へ旅行に行ってきたようです。写真が送られてきました。
中学生、高校生の頃は甲子園の野球応援に夜行バスで行き、太陽の塔の下でお弁当を食べていたのが懐かしい。
そして、台風や北海道での地震が心配です。
家族も、ぎりぎり新幹線に乗る時間を早めて東京へ帰ってこれたよう。
今日は締め切りが迫っている仕事があり、ブログを書いている場合ではないけど、ブラジルで起きた大きな出来事がアーツマネジメントに関係することだったので、思ったことを軽く書き留めておこうと思いました。
The Brazil museum fire is a warning to us all - The Washington Post
ワシントンポストの記事。ニュースというよりは、事件の背景を調べて考察している記事なので参考になると思いました。
9月2日の夜にブラジルの国立博物館で起こった火災。
死者は出なかったようだけど、博物館の展示物はほぼ全焼してしまったよう。
科学的、文化的遺産が消えてしまった。
何個か記事を読んで分かった問題点や思ったこと
- 博物館は年間予算の12分の1しか受け取っていなかった
- 2000万もの展示物を失う
- 消防士が駆けつけても水が近くにない状況だった
- 清掃員や警備員に給与が払えず休館に追い込まれることもあった
- スプリンクラー設備がなかった
- 経営側はリスクマネジメントをしていなかったのではないか
- レプリカを展示して、実物はオフサイトに保管するのではなく、ほぼ全ての実物が博物館にあったよう
ブラジルの政治・経済情勢に詳しいわけではないけど、国立の博物館でさえ経営が大変なようだったので、この火災で更にダメージがあるのではないかと思う。
この火災事件の情報をもとに、各国の博物館は改めて自分の団体の建物のレギュレーションを見直したり、維持のための予算を見直したりすると思う。
ワシントンポストでも言われているようにどこの建物でも起こり得ることで、そんなことが起こってしまっては、知識も歴史も失われてしまう。
「デジタル復元」のためにウィキペディアが、焼けてしまった収蔵品の写真を集めようと、呼びかけを行っているようです。写真はあったとしても、実物には何物にも代えられない価値があるし、改めて博物館の大切さを感じました。
博物館やコンサートホールなどは特に維持費がかかるし、資金面でも運営面でも更にアーツマネジメントの重要性が高まると思いました。
今後、もっと情報が出てきて世界中でどんな動きがあるか見ていきたいと思います。
アメリカで秋の始まりを感じる
この数日間、朝5時頃のトレイルを軽く急ぎ足で歩いていると、涼しくて心地が良いです。でも、それと同時に秋特有の寂しさみたいなものを感じる。
8月だけどちょうど立秋の時期でもあり、アメリカでも日本に居るような秋の訪れを感じることができるのには感動します。(在米5年目なのに、、今までは余裕がありませんでした笑)
秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる
藤原 敏行
”秋の訪れはまだはっきりと目に見えているわけではないけど、夏とは違う秋の風を感じられる” というこの和歌がピッタリな朝だと思いました。
勉強とか仕事に気を取られていると、こういうささやかな変化を逃してしまうので、もっと肩の力を抜いて生活したいです。
もし緯度が全然違うところに住んでいたら、もっと違うことを感じるんだろうな~。
日本で習った中国の文化
英語を使って生活するようになってから、母国語の日本語はもちろん、色んな言葉に興味を持つようになりました。
先日、中国人の友達とお互いの国の教育について話していると、日本人は中学や高校で現代文・古文のほかに漢文も習うのに対して、中国出身である友達は漢文を習ったことが無いと言います。
かなり驚きました。
で、何を習うのかと聞くと英語が中心だとのこと。
日本で当たり前のようにやっていた習字も、必修科目ではないので習い事として塾へ行かなくてはならないらしい。
お隣の国で、文化面において影響を受けているはずなのに違うことが沢山ある。
中国は大学受験が大変という話を聞いたことがあったけど、クラスメイトは高校の授業が終わったら夜の10時まで学校内で補修のようなクラスを受けていたそう。
国によって、教育制度は全く違うということに改めて気づかされました。
でも、伝統が失われつつある状況はどこでも同じなんだな。
季節の認識
秋はどうしても、季節のことを考えてしまう。
世界で最初に季節の観測を始めたのは、古代中国だそう。古代のギリシャよりも先に季節の現象を分析していて、その季節の認識に影響された日本では「万葉集」や「古今和歌集」が誕生したのだから、すごい。
アメリカの音楽を聴いてアメリカのご飯を食べていても、時折日本の芸術文化に触れると、穏やかな気持ちになれる。やはり、私は日本人なんだなと感じる。
写真は、中国人クラスメートが作ってくれた中華料理。
バディボールデンの家をめぐって ~歴史的建造物の保存∼
数日前にジャズの評論家/歴史家であるTed Gioiaのツイッターで、バディーボールデンがかつて音楽家として住んでいた家についての記事を見つけた。
New Orleans spends $10 million per year promoting tourism as the birthplace of jazz. But city council member @cmjayhbanks won’t spend a penny to preserve an actual jazz monument and even berates concerned citizens who care about it. This deserves news & social media coverage, no? https://t.co/kJ4k0v08QY
— Ted Gioia (@tedgioia) August 24, 2018
ニューオリンズはジャズの発祥の地としての観光事業に毎年約1千万円を投じているようだが、市議会委員のJay H. Banksはバディーボールデンの家の保存は考えていないという。
ニューオリンズのテレビ局はこれに対して、家の周辺の人の意見を映した動画を出しています。
バディーボールデンは、「ジャズと呼ばれる音楽を作った人物」だと言われてはいるものの、実際に彼の演奏していたレコーディングは発見されていません。しかし、彼の演奏を聞いて育ち、ジャズを演奏するようになったミュージシャンからの貴重な証言や、現存する最古のジャズバンドの写真の中に彼が写っているということから、彼が演奏していた音楽がジャズの起源と言われています。
バディボールデンのコルネットの音はかなり大きかったため、この家の入り口にある階段に腰かけて練習をしていたそう。彼の周りには、小さな子供たちが集まり「キングボールデン!」と言いながら演奏を楽しんでいました。
そんなバディボールデンの家は、向かいにあるバプテスト教会が2008年に買い取っていますが、保存のための補修などは行われず、現在かなり劣化が進んでいます。
Ted Gioiaがツイートしたことにより、Jay H. Banksが8月24日にプレスリリースを発表しました。ニューオリンズでは過去に取り壊しをした歴史的建造物もあることから、今後はそのような事が起きないようにする方針で、バディボールデンの家をジャズの歴史の一部であることも理解してくれている様子。
https://pbs.twimg.com/media/DlZmojvU8AAw2jb.jp
そしてTed Gioiaのツイートによって、それに反応を示したWynton Malsalisが市議会委員と直接電話で話をしたようです。
Thank you for clarifying things for me and for being so gracious and for real. https://t.co/T1sYe7AdPf
— Wynton Marsalis (@wyntonmarsalis) August 25, 2018
このようなやりとりがツイッター上で行われるのは、現代らしい動きだなと思いました。
まだ、ジャズ歴史にまつわる証言や現物が残っている現在。これらを残して後世に伝えていくのも今の時代のジャズに関わる人たちの役目だなと思います。
【スミソニアン特集⑥】私のインターン体験を振り返って。
スミソニアン特集①アーツマネジメントの世界で働くプロたち
スミソニアン特集②どんな仕事をしてるの?
スミソニアン特集③どんな展示物が見られるの?
スミソニアン特集④博物館の楽器倉庫は宝の山?!
スミソニアン特集⑤オーディオツアー
スミソニアン特集⑥私のインターン体験を振り返って。
スミソニアンでのインターン、最後の週。
毎日通っていたのでちょっと寂しくもあります。
本当に忙しい部署で、ジャズ関係の仕事のほかに秋の大イベント「Food History Weekend」の準備もかなり手伝わせてもらいました。(アメリカは移民の国ということで、移民から伝わった食文化が沢山あります。エスニックフードを作るシェフたちを招いてクッキングデモや歴史を学べるイベントを行う予定。)
さっそく秋から始まるインターンシップの説明会までの待ち時間を利用して
今回は、スミソニアンでの経験を通して感じたことや学んだことをシェアしたいと思います。
国立の博物館として背負っているもの
どんなイベントを企画するときも、まずはじめに考えるのはコミュニティーに対して何を提供したいか?それはなぜか?ということ。国立の歴史博物館ということもあって、アメリカ国内はもちろん世界中から注目を集めています。
ツイッターやインスタグラムで発信することは偏っていないか、事実を伝えているのかなど、常に気を使いながら世の中に情報を提供しています。そのため、メディア発信・コミュニティーリーチに特化した部署がちゃんとあり、常に「国を代表している」という意識を持たなくてはいけないと感じました。
企画において大切なこと
私のいた部署は、歴史の修士をとった人が多くいます。歴史博物館なので当たり前なのかもしれませんが、キュレーターと共に話し合いを何度も重ねてエキシビジョンやイベントの準備をしていきます。
一つのイベントに対して長いもので半年以上の準備期間を要します。
例えば、ジャズプログラムの一環である世界ツアーは計10か国を回る予定で各国の会場の予約や現地の教育機関とのコラボレーションなどの話し合いを重ねていかなくてはなりません。
その間にもまず、ミュージシャン15~18人にスケジュールや給料の交渉をしたり、移動手段の確保、現地の宿泊先の予約・・・とにかく沢山決めることがあります。
もちろんツアーの成功も大切なことですが、ジャズという音楽を使ってどのように他国とコミュニケーションをとるか、寄付してくれる団体にとってプラスになる企画なのか、予算はクリアしているのか、、決めることは山積みでした。
こういったことは、授業の中でなく実際にその立場になってみないと知ることはできなかったと思います。
インターンを通して得たもの・学んだこと
スミソニアンは1846年にアメリカの連邦議会によって創設され、予算の7割を政府の負担で運営する国立機関ではありますが、その他はトラストファンドで賄っている非営利団体でもあります。インターン中には、寄付をしてもらっている団体への交渉に立ち会うこともあり、非営利団体を運営する大変さを目にしました。
スミソニアンのような歴史のある機関でさえ運営費の獲得には常に苦労することもあり、その現状を間近で見た経験は今後関わるであろう非営利団体での活動に生かされると思います。
オーディオエンゲージメントの部署は、まさにコミュニティーと団体を繋ぐ架け橋だと思いました。イベントを実際に運営して参加者の反応をみることができるし、その結果を次のプログラム開発にどうつなげていくかが重要になってきます。
ソーシャルネットワーク上での反応も、大切な決断要素だということを知りました。
そして、部署の中で2人が同じタイミングで辞めてしまうという(2人とも仕事のステップアップで新しいポジションに就く)自体に遭遇したのも衝撃的でした。連邦政府の職員として雇われるようで、その仕組みが古いので新たな雇用は時間がかかるそう。そのため、インターンである私にも重要な仕事が回ってきたりして、ある意味貴重な体験をしました。
今後について思うこと
将来、政府の機関で働くかは分かりませんが国の機関の中で働くという体験は驚きの連続でした。非営利団体としてのリアルな実態をこの目で見ることができたし、今後勉強を続けていくうえでの参考になりそうです。
大学院生活ものこり1年。チャンスを逃さないように、日々もっといろんなことに挑戦していきたいと思います。
【スミソニアン特集⑤】オーディオツアー
スミソニアン特集①アーツマネジメントの世界で働くプロたち
スミソニアン特集②どんな仕事をしてるの?
スミソニアン特集③どんな展示物が見られるの?
スミソニアン特集④博物館の楽器倉庫は宝の山?!
スミソニアン特集⑤オーディオツアー
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博物館のオーディオツアーを体験する機会がありました。
オーディオツアーって?
体験したことのある方も居るかもしれませんが、美術館や博物館では無料もしくは有料で音声ガイドのデバイスを貸出をしています。
来場者は、入り口でそれを借りて音声ガイドを聞きながら作品を観て回れるのです。
スミソニアンでの音声ガイド
スミソニアンは、ボランティアによる無料ガイドも提供しているのですが、最近ではオーディオツアーを借りれる美術館や博物館が増えています。
説明文を読むだけでは、なかなか分からないこともあるので来場者としてはとても嬉しいシステム。
来場者は、3つの種類から選べるようになっています。
- ファミリー用音声ガイド
- 大人用音声ガイド
- 子供用音声ガイド
私は、子供用のプログラムを担当していたので幼児向けの音声ガイドを試してみました。
キャラクターが出てきたり、画面をタッチして遊ぶアクティビティーもあったので小さい子でも楽しめるかなと思いました。実物に集中できるかというと、ちょっと問題があるような気がしますが。。
こういうシステムは、聞くことによって情報を得るのが好きなひとにはぴったり。
エキシビジョンではキュレーターが試行錯誤をしたのち、配置や説明文の準備をしていますがそれの素晴らしさを最大限伝えるために様々なプログラムやサービスを提供していきたいです。
私が使用したことのある音声ガイドで、アメリカで有名なオーディオブックの声優さんや、映画に出演している俳優さんがガイドを務めてくれるというサービスもありました。
来場者に興味を持ってもらったり、より楽しんでもらうために今後も音声ガイドのプログラム開発が進んでいくと良いなと思っています。
おすすめスポーツ【ディスクゴルフ】
ディスクゴルフの、長距離用ディスクを新調しました。
平日にお休みを取って、家から15分ほどの場所にあるディスクゴルフ用のコースに行ってきました。
ディスクゴルフとは
「ゴルフ」という言葉の通り、18ホール(もしくは9ホール)を周りながら、ゴールの中にいかに少ない投数で入れられるかを競うスポーツ。
このスポーツが誕生したのは、さかのぼること1960年代。
ゴルフボールの代わりにディスクを投げます。そして、ホールも小さな穴ではなく、鎖の付いたバスケットゴールのような形をしています。
ゴルフプレイヤーがパターを取り換えるのと同じで、ディスクゴルフも長距離・中距離・短距離によってディスクを使い分けます。
ディスクゴルフとの出会い
大学生3年生になった当時、私はバンドメンバーと共にアルティメットフリスビーのチームを作って週に3~4回遊んでいました。
アルティメットフリスビーというのは、簡単に言うとアメフトのコート+フリスビー+バスケットボールのルール。
当時、結構ハマっていて大学の全国大会の選手とかも仲間に入ってもらって試合をしていました。決してうまくはないけど、すごく楽しくて雪の中でもやっていた程です。
アルティメットは平日に集まってやることが多かったのですが、ふと「週末には自然のある公園でフリスビーがやりたいな」と思った時に見つけたのがディスクゴルフでした。
おすすめポイント
- 気軽に始められる
- 低価格
- 程よい運動になる
- 自然をたっぷり味わえる
ディスクも一枚1500円~2500円です。
今後、人気が出て公園やコースが有料になる前にいっぱい遊んでおこうと思います。笑
アーティストなのかクリエイティブ企業家なのか
アーティストと言われる人々の生き方は、時代の流れと共に変わってきている。
アーティストの起源
この記事で筆者のWilliam Deresiewiczは、発展し続けるクリエイティブ産業と、その中で生きる「アーティスト」という言葉の意味が、21世紀においてどのように捉えられているのかという現状について書いている。
アーティストという言葉が生まれた当時、その言葉は物を作って売る“職人”に向けて使われていた。
やがて社会が豊かになり、職人の技術も上がると生活に必要なものだけではなく、個人に向けた装飾品などが作られるようになる。その当時は職人たちを支援する金持ちが居たが、時代も代わり稼げない職人が増えて「ひもじいアーティスト」と呼ばれる職人たちが出てきた。
このようなアーティスト達は、友人や家族に支えられながら生き延びることが可能だったが、次第にお金を持っているコレクターが「アート」を買うようになり、学校で芸術を学んだアカデミックアーティストも生まれるようになる。
新時代のアーティストの在り方とは
William Deresiewiczは、21世紀以降のアーティストは「クリエイティブな起業家」と呼ばれる必要があるのではないかと提唱している。
アートの民主化が進み、今の時代にアートを売るということは社会に求められるものを生み出し、受け入れてもらえなければならないと人は考える。
アーティストは、自身の作品に磨きをかけることを忘れ、より多くのフォロワーを確保することや"いいね!"やお金を追いかけることに夢中だ。
アーツマネジメントを学んでいて
アーツマネジメントを学んでいると、芸術の様々な在り方を知る機会があります。様々な在り方とは、"High brow art"と呼ばれる美術館に展示されるような作品や"Low brow art"のようなストリートカルチャーやアンダーグラウンド・コミックスなどの作品はもちろん、オリンピックで披露される開会式のコンサートや、地域活性化のための芸術祭なども立派な芸術です。
「芸術×他分野」の可能性がどんどん広がるこの社会で、アーティスト自身が経営者としてのマインドを持つことは必要だと感じます。
矢沢栄吉さんが自伝「アー・ユー・ハッピー?」の中で、作品とその運用について次のように述べていたそうです。
「ビル・ゲイツはコンピューターのプログラムを書く天才だ。彼だって一歩間違えれば、ただの技術屋で終わっていたかもしれない。お金を持っている資本家に使われて、さんざん利用されて、使い捨てられたかもしれない。」
「経営的な才能が音楽的な才能をスポイルすることはなく、自分はあくまで「自分の才能」を守るために、ビジネス的感覚を持っているとして、冷たい目でビジネスをやる企業家や投資家とはテイストが違う」
ビルゲイツがエンジニアとしてプログラムを生み出した後、企業家になってそれを自分の作品として守り通していたように、現代のアーティストも自分の作品をどう世の中に送り出すのか、様々な可能性を探っていくことが必要なのではないでしょうか。